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福岡地方裁判所 平成元年(行ウ)14号 判決

福岡市東区松崎3丁目7番14号

原告

舟越和男

右訴訟代理人弁護士

八尋光秀

松岡茂行

石渡一史

福岡市東区香椎駅前2丁目10番33号

被告

香椎税務署長 高木功

右指定代理人

大脇通孝

他5名

主文

一  被告の請求書をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者間の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告の昭和60年分所得税につき,被告が原告に対して,昭和62年7月9日付けでなした昭和60年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は,土地区画整理法(以下「法」と略称する。)3条1項に基づき,同法3条1項の認可を受けて施行している共同施行福岡市正水台土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)の構成員であり,被告は,請求の趣旨記載の更正及び決定(以下「本件更正」,「本件賦課決定」という。)を行った税務署長である。

2  本件課税等の関係

原告の本件確定申告,被告の本件更正及び賦課決定,並びにこれに対する不服の申立,決定,裁決の経緯は,別表1及び2のとおりである。被告の本件更正は,原告が行った長期譲渡所得についての確定申告に対し,被告が,後記本件保留地の譲渡に関して原告が長期譲渡所得を得た金額として行ったものである。

3  本件更正及び賦課決定の違法性

本件更正は本件事業により生じた本件保留地の所有権ないしはその処分金が原告に帰属するとの前提でされたものであるが,これは次の点で違法である。

(一) 本件事業主体及び保留地処分金の帰属主体―人格のない社団について―

(1) 本件事業及び保留地処分の経緯

ア 原告は,他の14名の構成員ら(以下「共同施行者」という。)と共同して,法3条1項に基づく土地区画整理事業を行うため,同法の定めるところに従い,昭和58年7月ころ,本件事業に関して,事業計画(以下「本件事業計画」という。)及び規約(以下「本件規約」という。)を定め,昭和58年8月22日付けで政令指定都市の長である福岡市長の認可を受けて,本件事業を施行した。

イ 共同施行者で組織する本件事業の決議機関である施行者会は,昭和58年9月22日,第一回会議において,同事業の施行委員長舟越重利(本件事業の代表者)ら役員を選任した。また,保留地処分規程(以下「本件規程」という。)が制定され,右代表者による保留地処分のための手続きが定められた。

ウ 本件事業計画において,その施行費用に充てるため,施行地区のうち30区画の土地(以下「本件保留地」という。)が保留地として定められた。昭和60年3月26日,換地処分がされ,福岡市長の公告によって同月29日にその効力を生じた(法103条,104条)。そこで,施行委員長舟越重利が本件事業を代表して,本件規程に基づいて,本件保留地を次のとおり総額3億1305万9450円で処分し,その代金は全て本件事業の費用に充当した。

① 舟越吉輝に対し,昭和60年3月28日,本件保留地中の土地一筆を代金43万7797円で売却した。

② 東海住宅販売株式会社(以下「東海住宅」という。)に対し,同月30日,同土地29筆を代金3億1262万1653円で売却した。

(2) 保留地処分金の帰属主体の誤認と本件課税の違法性

本件事業主体は共同施行者で組織された人格のない社団であるから,その事業費用に費やされた本件保留地の処分金は社団に帰属するもので,これをその構成員である原告に帰属するものとして被告がした本件更正は違法である。すなわち,

ア 本件事業主体―法人格のない社団―

本件事業においては,その発足に当たり本件規約を制定し,その規約では,数人共同して土地区画整理理事業を施行することを目的とし,団体の名称を定め,執行機関として「施行委員及び監事」を代表者として施行委員会長を,意思決定機関として施行者会を,それぞれ設け,施行者会の開催手続や議事運営方法につき定め,議決方法については,規約の変更,事業計画の変更,仮換地の指定,換地計画等の重要事項について全員一致を要求するほかは,多数決によるべきこととした。また,事業の費用は保留地処分金及び寄付金・雑収入をもって充てると定め,「会計及び庶務」に関する詳細な規定を置いて,団体財産と個人財産との混同を生じないように厳格な財産の管理運営が行われることを予定した。

そうして,本件事業体は,右の規約に従って組織運営され,また,福岡市長は本件事業体に対して,施行委員会名義の登録印証明書を,同委員長が舟越重利である旨の証明書を各発行し,また,登記官も,換地処分に伴う登記完了の通知を同事業代表者舟越重利に発している。加えて,本件保留地の保存登記名簿を個人施行者とせず,本件事業体としているし,同保留地の売買も本件事業体名義で行っている。本件事業の主体は,本件正水台事業体であり,私法上いわゆる「人格のない社団」としての要件,資格を具備する社団であって,原告ら個人ではない。

そうして,税法上の「人格のない社団」も私法上の法律関係によって一義的に決せられる(法人税法2条8号)から,本件事業主体も法人税法の「人格のない社団」に該当し,法人とみなされる(同法3条)。

イ 本件保留地処分金の課税主体

本件保留地は,本件事業の費用に充てるために換地計画で定められたものでその費用捻出ためには,保留地の所有権を同事業主体に帰属させる必要があったところ,本来,法は,土地区画整理事業の施行費用に充てるため(法96条),換地処分の効果として,保留地の所有権を施行者に帰属させる(法104条9項)旨定めているのであるから,本件保留地の所有権も本件各換地処分によって施行者である右人格のない社団に帰属した。そうして,これはその事業費用のため売却され,その代金は同事業費用に充てられ,同社団の一構成員である原告には一切帰属していないから,原告には何らの納税義務はない。

(二) 数人共同施行と組合施行とで課税上区別することの違憲性について

仮に,(一)が理由がないとしても,土地区画整理事業が共同施行方式によって施行された場合と組合施行方式によった場合とで課税上の区別することは,憲法14条1項に違反し,本件更正も違法である。

(1) 共同施行方式による土地区画整理事業でも,「健全な市街地の造成を図り,もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」(法1条)との法の目的の制約があり,事業計画も「環境の整備改善を図り,交通の安全を確保し,災害の発生を防止し,その他健全な市街地を造成するため必要な公共施設及び宅地に関する計画が適正に定められていなければならない。」(法6条2項)との規制があり,組合方式と同様の内容が要求されている(法16条)こと,これらについて都道府県知事の認可を受ける必要がある(法9条,21条)こと,収賄等についても組合方式と同様に罰則等の規定があることなど,両者は著しく公共性の高いものである。

(2) 両方式とも保留地の売却による処分は,「これを定めた目的に適合し,かつ施行規定で定める方法に従って処分しなければならない。」(法108条1項前段)と等しく自由な処分が制約されているのみならず,その売却資金は,市街地造成,公共施設の整備に充てられるものである。

(3) このように,共同施行と組合の両方式においては,右(1)のとおり共に等しく公共性を有するものであり,しかも保留地の譲渡には,右(2)のとおり特殊性があるから,共同施行方式のみの保留地譲渡について課税することは,土地区画事業を推進し,より公共の福祉に合致した近代的な市街地を拡大しようとする法の目的にそぐわない。

したがって,本件各処分は,所得の性質が違わないところに課税上異なる不利益な取扱いをするものであり,憲法14条1項に違反する。

(三) 本件保留地の譲渡に係る所得不申告と「正当な理由」の存否

仮に,以上の主張が認められないとしても,

(1) 共同施行方式における保留地譲渡に対する課税については,全国の各税務署長の取扱例が一定しておらず,被告もその取扱先例を有していないこと

(2) 国税通則法65条4項の「正当な理由」についての課税行政庁の解釈は確定しておらず,一般にこれを非課税と解する傾向がある場合をいうとされる(名古屋地裁昭和37年12月8日判決行裁集13巻12号2229頁参照)。本件事業が実質的に組合施行と差がないことからすれば,保留地処分に関する課税についても差がなく,組合施行と同様に一般的にこれを非課税とする傾向が存するということができ,現に,共同施行事業が権利能力なき社団によって施行される場合もあるとして,保留地の保存登記を同事業の代表者名義で行うことを認めているし,共同施行の場合における保留地の譲渡についてこれを非課税とする見解(福岡市も非課税との見解を採っていた。)も存在する。

したがって,原告には,右不申告について,同条項にいう「正当な理由」があり,本件過少申告加算税の賦課決定は違法である。

4  よって,原告は被告に対し,本件各処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1,2の事実は認める。

2  同3の(一)の(1)のアは認め,同イの事実は知らない。ウの事実のうち,施行委員長舟越重利が本件事業を代表して売却したこと,保留地処分代金の使途については知らない。その余は認める。

3  同3の(一)の(2)のうち頭書は争い,同アのうち,本件規約の定めは認め,その余は争い,同イは否認ないし争う。

4  なお,付陳するに,本件正水台事業体も,その実態に照らし,法人格のない社団の要件を欠き,社団性を有しない。すなわち,本件規約は,事業認可を受けるための所定手続として形式的に作成されたものであるし,一定の重要な決議事項についての団体意思の決定には,構成員の全員一致を要して,必ずしも多数決原理によって団体意思を決定しているわけでなく,また,構成員の一人がその権利を第三者に承継させることなく脱退した場合には,当該事業団体の存続を失うことになり,構成員の変更に左右されず存立する社団性と背反するなどに照らして明らかである。

5  同3の(二)は争い,同(三)のうち,(1)は否認し,(2)は争う。

三  被告の主張

1  本件課税長期譲渡所得金額の計算根拠について

原告の同所得は,別表2のイ,ロの各譲渡所得であり,その各別の所得金額計算の根拠は次のとおりである。

(一) 本件保留地の譲渡に係る長期譲渡所得金額

(1) 収入金額

本件保留地の売却価額の総額である3億1305万9450円に,本件保留地に対する持分割合(換地処分後の換地の権利価額の総額3160万9963円分の原告の同換地の権利価額1130万8728円)を乗じた1億1199万9630円である。

(2) 取得費

本件事業の施行費用である3億1243万5784円のうち,本件保留地に係る施行費用1億3520万8621円に,本件保留地に対する原告の右持分割合を乗じた4878万2012円である。

なお,本件保留地に係る施行費用の金額は,全体の施行費用を,換地された土地の面積(7751.49m2)と保留地の面積(5913.70m2)それぞれの割合によって配分した金額である。

(3) 長期譲渡所得金額

本件保留地の譲渡に係る譲渡費用がないため,右収入金額から,右取得費を差し引いた6362万7618円である。

(二) 原告所有地(福岡市東区3丁目852番67の土地)の譲渡に係る長期譲渡所得金額

(1) 収入金額

収入金額は,1100万9000円であり,原告の昭和60年分の確定申告に係る金額である。

(2) 取得費

同土地は,原告が換地処分により取得した同所852番4の土地270.18m2の一部であるため,本件換地に係る施行費用のうち,852番67の土地相当する部分の費用がその取得費となる。

① 852番4の土地の取得費は,本件事業の前記施行費用のうち,換地された土地に係る施行費用1億7722万7163円に,原告の持分割合を乗じた597万8365円である。

なお,原告の持分割合は,換地処分後の土地の権利価額(前記権利価額の総額のうち,同番4の土地の同価額106万6292円)の割合によった。

② 852番67の土地の取得費は,右①の取得費のうち,右土地に係る割合を乗じた506万1817円である。

なお,右土地に係る割合は,852番4の土地の面積(270・18m2)のうち,852番地の67の土地の面積(228.75m2)の占める割合によった。

(3) 譲渡費用

852番67の譲渡費用の合計額は10万3600円であり,原告の昭和60年分の確定申告に係る金額である。

(4) 長期譲渡所得金額

右収入金額から取得費及び譲渡費用を差し引いた584万3583円である。

(三) 課税長期譲渡所得金額

右(一),(二)によれば,原告の本件長期譲渡所得金額は,本件保留地の譲渡に係る6362万7618円と852番67の土地の譲渡に係る584万3583円の合計6947万1201円から,長期譲渡所得の特別控除額100万円(昭和62年法律96号による改正前の租税特別措置法31条4項)を差し引いた6847万1201円である。

2  本件保留地の譲渡に係る課税の適法性

(一) 本件保留地の所有権の帰属について

(1) 本件事業の施行者

法3条1項は「土地区画整理事業を個人(共同)施行するには,宅地について所有権又は借地権を有する者が,1人又は数人で共同して,土地区画整理事業を施行することができる。」旨,さらに,法4条1項,136条の2は「土地区画整理事業を数人共同して施行する者は,規約及び事業計画を定めて,その土地区画整理事業の施行について都道府県知事〔地方自治法(昭和22年法律67号)252条の19第1項の指定都市においては,指定都市の長〕の認可を受けなければならない。」旨規定する。とすれば,法3条1項による施行者とは,宅地について所有権又は借地権を有し,かつ,規約及び事業計画を定めた上,知事等に施行の認可申請をし,認可に受けた者である。

本件事業において,その施行地区内に所有権又は借地権を有し,かつ右事業の施行について,政令都市である福岡市長に対して認可申請し,同市長から認可の名宛人とされたのは,原告他13名であるから,本件事業の施行者は,原告他13名である。

なお,仮に,共同施行福岡市正水台土地区画整理事業なる人格のない社団が存在したとしても,右社団はそれ自体として,本件事業の施行地区内に,固有の所有権又は借地権を有するものではなく,かつ,福岡市長から本件事業認可の受けた者でもないから,法3条1項の事業主体足り得ない。

(2) 本件保留地の所有権の帰属

本件事業の施行者は,右のとおり原告他13名の共同施行であるから,本件保留地は,換地処分がされ,その公告があった日の翌日である昭和60年3月29日に,共同施行者である原告他13名がその所有権を取得したものである(法104条9項)。

(二) 本件保留地の譲渡に係る課税の適法性

(1) 土地区画整理事業の換地処分に伴う課税関係

換地処分による土地の権利関係の異動の経済的実質は,いわば土地の交換であり,本来譲渡所得などの課税関係が生ずることとなる。しかし,換地処分の特殊性に鑑み,換地処分による土地の権利関係の変動については,金銭で清算された部分を除き,土地の譲渡はないものとみなして,換地処分の段階では課税関係を生ぜしめず,従前の土地の取得の日及び取得費を換地処分により新たに取得した換地及び保留地に引き継ぐことにより,課税を将来に繰り延べることにしている(昭和61年法律13号による改正前の租税特別措置法33条の3第1項)。

しかし,保留地を譲渡した場合には,右と異なり,換地処分により施行者が取得した土地の新たな処分であっって,単なる土地の譲渡にすぎないから,通常の共有地の譲渡として課税関係が生ずる。その際,保留地の譲渡代金が従前の土地の造成費用に投下されている場合は,その費用はその土地の改良費として,その取得費となるから,右(1)記載の取得費の引き継ぎにより,造成費用は換地に引き継がれ,将来換地を譲渡した場合に,換地の取得費として控除される。

(2) 本件保留地も,換地処分によって,原告他13名に一旦その共有持分が帰属した後に,その合意によって本件事業費の捻出のために拠出されて,第三者である東海住宅他一名に譲渡され,その処分代金が右事業に支出されたものであるから,原告にもその持分相当の譲渡所得が生じたものであり,本件保留地に対する課税は適法である。

なお,仮に,「共同施行福岡市正水台土地区画整理事業」なる人格なき社団が存在したとしても,前記のとおり,右社団は本件事業の施行者となり得ず,かつ本件保留地の所有権を取得するものではない以上,右社団それ自体は本件課税関係とは無関係である。

3  事業施行方式の相異による区別の違憲性について

(一) 個人施行の場合,市街地の整備や公共施設の整備等公益性が認められるものの,その施行地区は,基本的には個人施行者が有する所有権又は借地権の目的である宅地の範囲に限られるのであって,土地区画整理事業による利益は,主として個人施行者自身が享受することになる。これに対して,組合施行の場合は,その組合員は,施行地区内の宅地について所有権又は借地権を有する者であるが(法25条),組合の設立に参加したかどうか,また,定款及び事業計画に同意したかどうかを問わず,すべて強制的に組合員とされ,しかも,個人施行の場合と異なり,組合の設立に参加しなかった者又は事業計画に同意しなかった者の有する宅地についても,一定の条件のもとに,その施行地区に強制的に編入される(法3条2項)。このため,組合施行の場合は,個人施行の場合よりも,より厳格な手続きが定められ,より厳格な監督指導が行われている。このように,組合施行の場合は個人施行の場合と比べて,公益性がより大きい場合を法は予定しているから,組合施行の場合を個人施行の場合と課税上同列に扱わないとしても合理的理由がある。

(二) 本件事業の場合,組合施行方式をとることも可能であった(法3条2項,14条1項)し,原告らがいずれの施行方式をとるも,その自由な判断で選択しえたわけである。然るに,自ら個人共同施行方式を選びながら,課税上の相異を批判するのは失当である。

4  過少申告加算税の賦課決定について

(一) 賦課決定の根拠

原告は,本件確定申告書を期限内に提出したが,本件更正により,原告には右申告額のほか新たに税額の納付義務が生じた。そこで,被告は,国税通則法65条1,2項(昭和62年法96号による改正前)により,その新たな税額に100分の5を乗じた金額に相当する過少申告加算税の賦課決定をしたものである。

(二) 「正当な理由」の不存在について

原告は,右賦課決定の対象とされた新たな納税額について申告しなかったことにつき国税通則法65条4項にいう「正当な理由」が存在する旨主張するが,同理由とは,①税法の解釈に関して申告当時に公表されていた見解がその後改変されたことに伴い,修正申告し又は更正を受けた場合,②災害又は盗難等に関し,申告当時損失としたものが,その後予期しなかった保険金等の支払いを受け又は盗難品の返還を受けたため修正申告し又は更正を受けた場合,③その他真にやむを得ない理由があると認められる等,納税者に過少申告加算税を課すことが不当又は酷る場合を意味するものであって,本件のように,単に申告が納税者の税法の不知又は誤解に基づく場合は,これに該当しない,本件のような個人施行に係る保留地の譲渡の場合の課税関係は,全国的に統一されていて,右過少申告は原告の不知ないしは誤解に基づくものである。

四  被告の主張に対する認否

1  同1の(一)の事実は否認し,同1の(二)のうち,(1)及び(3)の事実は認め,(2)の事実は否認し,(4)は争う。同1の(三)は争う。

2  同2の(一)は争う。同2の(二)の(1)の事実は認め,(2)のうち,原告他13名が本件保留地の共有持分を取得した事実については否認し,その余は争う。

3  原告の反論

(一) 被告は,本件事業体が人格のない社団であっても,社団自体は本件事業の施行者ではないとし,その理由として,同社団自体が,①本件事業地区内に所有権又は賃借権を有しないこと,②福岡市長から本件事業の認可を受けた名宛人でないことをあげる。

しかし,右の各理由は,人格のない社団が事業主体となることから当然生じる事象である。法は,個人施行の場合の施行者に法人をも予定しており,右法人には人格のない社団も含まれる。したがって,右の各理由をもって人格のない社団が土地区画整理事業の施行者となり得ない理由とはならない。

(二) また,被告は,事業主体が原告の主張のとおり人格のない社団であったとしても,本件保留地の所有権は原告らに帰属し,同社団がこれを取得することはないと主張するが,本件事業の施行者は,右のとおり社団であったから,当然に本件事業体が取得したものである。

また,本件事業体は,複数権利者によって構成された人格のない社団であり,組合施行方式と目的及び形態を同一にするから,法的処理については可能な限り土地区画整理組合法人に準じてされるべきである。したがって,保留地の権利は,組合施行の場合と同様,事業主体である人格のない社団に帰属することになる。

(三) 更に,被告は,本件保留地の売却代金は,同保留地が一旦共同施行者の原告ら14名に帰属した後,合意により拠出されて売却されたものであるから,その代金は原告らに帰属していたものと主張するが,前記一の3の(2)で述べた関係機関の対応や現実の売却手続等の実態に対応していないし,主張のとおりとすると取引の安全を害することにもなる。

第三証拠

証拠関係は,本件記録中の書証及び証人等目録に記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  当事者間に争いのない事実

1  原告ら14名を構成員として土地区画整理事業である本件事業が開始され,定められた規約に従って事業が遂行され,所定の手続を経由のうえ換地処分が行われた。換地処分後,事業費用に充てるため換地計画で定めていた本件保留地は,他に売却処分されてその代金は右費用に使われた(請求原因1,3の(一)(1)のア,ウの各事実)。

2  別表1のとおりの原告の昭和60年度の確定申告に対して,被告は,本件保留地は原告らに帰属し,その処分代金は原告らの長期譲渡所得になるとして,同保留地に対する原告の共有持分について別表2のとおりの計算根拠によって,同1のとおりに本件更正及び賦課決定をした。これに対して原告が不服申立てをし,その裁決に至るまでの経緯は別表1のとおりである(請求原因1,2)。

二  本件保留地処分代金に関する課税の根拠について

1  本件施行者―「人格のない社団」の主張―について

(一)  法104条9項によれば,土地区画整理事業において換地計画によって定められた保留地は,換地処分の効果として,同事業の施行者がこれを取得するとされる。そうして,前記争いのない事実に照らせば,被告は本件事業が原告ら14名の個人共同施行であって(法3条1項,第2章第1節),その施行者は原告らであるとして,本件保留地の処分代金を原告らの長期譲渡所得として本件更正等をしたことが明らかである。

これに対して,原告は,本件事業の主体は原告ら14名を構成員とする人格のない社団であり,本件事業の施行者も右社団であるから,本件保留地の処分代金は同社団の所得であって原告ら帰属しないと主張するので,以下に検討する。

(二)  土地区画整理法は,同事業の施行者を,個人施行者,土地区画整理組合,地方公共団体等に限定(法3条ないし3条の4)し,各施行形態ごとに事業計画や規約の設定等の手続,事業の運営,知事の監督等を厳格に定め,同形態ごとに換地処分による効果も定めている。施行者となろうとする者は規約,定款等所定の事項を決定・整備のうえ,知事等の認可を受けて初めて施行者となる。これは,法が,その事業の施行者に,本来国家が有する公権力の一種である換地処分や土地の区画形質の変更等の整理施行権を付与していることによるものである。

したがって,施行者となるには,その資格要件を厳格に具備する必要があるし,右に限定された以外の施行者は許容されないのは勿論のこと,一形態で施行者とされた者が,当該事業を他の施行形態に変更させることや,他の者が,権利の継承等資格要件を具備した場合等を除き,施行者とされた者に自由にとって変わることも法の予定外のことである。

(三)  そうして,本件事業においては,本件施行地区に各自宅地を有して個人施行者となり得る資格を有する原告ら14名が,法3条1項の定める個人施行を数人共同して行う施行形態によって本件事業を行うことを計画し,法第2章第1節の個人施行者の各条項の定めに従って,その規約の制定等所定の準備・手続を整え,その個人共同施行者としての要件を充足のうえ,連名で政令都市の市長(法136条の3参照)である福岡市長に本件事業の認可申請をした結果,原告ら14名が,その名宛人として認可を受けたというのである(当事者間に争いがない。)。

したがって,前記法の趣旨に照らせば,本件事業が個人(共同)施行の形態であり,その施行者が原告ら14名であることについては疑う余地がないように思われる。

(四)  なるほど,前記争いのない事実によれば,原告ら14名は,本件事業の認可申請をするに当たって,本件規約を制定し,その規約に従って事実の名称を付け,代表者を定めたほか,その規約には意思決定機関,決議の方法,資産管理等が定められていたし,本件事業も右規約に従って運営されていたから(甲14ないし18,49ないし51),本件事業が原告ら14名とは別個の,原告らを構成員とする一見原告主張の「人格のない社団」らしき形態が整えられ,これが主体となって本件事業を遂行しているかのような外観がなくもない。

しかし,法(4条)が個人共同施行の認可の要件として規約の制定を要求しており,その趣旨とするところは,健全な市街地の造成を図って公共の福祉の増進に資するという法の趣旨を生かし,また,一人施行の場合(この場合は規約の制定は要件とされていない。)と異なって,数人共同施行の場合は,複数の人格集団が施行者として関わることから,その運営基準や意思決定方法,対外的代表の方法等を定めなければ,事業の円滑な遂行を期待し難いので,事業に支障のないようにその制定を義務付けたものと解される。したがって,その規約の内容も,右趣旨に従って必要とされる事柄を明示し,その制定を要求している(法5条)。

(五)  然るところ,本件規約も,右法の要求に従って制定され,かつ法が求める事項が定められたにすぎないものである。そうすると,原告ら14名が,本件規約を定め,これに従って機関等を設置し,本件事業が遂行されるようになって,そこに原告らと別個独立の社団的存在ないし組織らしきものが出現したからといって,それは,本来,個人共同施行の場合に,法に基づきかかる規約に従った形態での事業遂行が予定された結果生じた現象にすぎない。故に,仮にその社団的存在が「人格のない社団」としての要件を具備していたとしても,施行者とされた者以外のこれと独立した存在が,当初の事業認可の対象とされた施行者と交替して,自ら法3条等にいう施行者なるものではないと解すべきである。まして,右のようにして生成した原告主張の「人格のない社団」なるものは,本来,原告ら14名から譲渡を受けるなどの特段の事情がない限り,当該事業の施行地区に宅地所有権ないし賃借権を有する者ではなく,個人施行者となり得る資格を備えない者であるはずであり,本件事業においても右と同様であるところ,右特段の事情も認められない。

(六)  したがって,本件事業の施行者は,あくまでも当初の事業認可の名宛人であった原告ら14名であって,原告主張の「人格のない社団」とは解されない。

原告は,認可者である福岡市長が本件事業の施行委員長に関する資格や登録印の証明書(甲49,50)を発行していることなどをもって,施行者が「人格のない社団」である証左とするが,本件規約に従って,事業遂行の便宜のためにされた証明であって,右の証左足り得ない。なお,本件保留地の保存登記に関しては,いずれもその所有者名義を「共同施行福岡市正水台土地区画整理事業」として登記されているが,同名義でされる法的根拠は見出し難く,過誤によるものと思われる。そのほか,原告は右の点について数々主張するが,いずれも失当である。

2  本件保留地及び売却代金の帰属,並びに本件課税の根拠について

右によれば,本件事業の施行者は原告ら14名であったから,本件換地処分によって,本件保留地の所有権は原告らに帰属し(法104条9項),その後された同保留地の売却処分は,新たにされた私法契約による処分行為であるから,通常の不動産譲渡としての課税関係を生じ,これによって得られた売却代金は,原告らに共有持分に従って帰属することになり,右売却時の属する年度のにおける原告らの不動産譲渡所得となる筋合いである。

3  本件課税の計算根拠及びその適法性について

叙上認定及び判断したところ並びに争いのない事実(被告の主張1の(二)の(1),(3))によれば,原告の昭和60年度の課税長期譲渡所得金額並びに納付すべき金額について,別表2のB欄及び同1の該当欄に各記載のとおり認められ,本件構成及び賦課決定は適法である。(なお,同1の(二)の(2),②において若干の誤差があるが,本件の結論を左右するものではない。)。

三  憲法14条1項違反の主張について

原告は,本件事業のよううな共同施行方式と組合施行方式とで,課税上区別することは,憲法14条1項に違反する旨主張するので検討する。

1  確かに,原告の主張するとおり,右の各方式は,いずれも市街地や公共施設の整備などの公益を図るという同じ目的の事業を行い(法1条),事業計画に関する規定の内容(6条2項,16条)及び設立認可の基準(9条,21条)も同一であり,保留地の処分に等しく制約があるうえ,その処分代金も市街地造成や公共施設の整備に当てられるなど,両者にはほぼ類似した共通の面があることは否定できず,右がいずれもその事業の公益性に由来することが明らかである。

2  しかしながら,被告も主張するとおり(事実欄三,3),組合施行の方が個人施行の場合に比して,より強力な施行権限を付与されており,それに比例した強い公益性を具備・帯有していること,右組合は公法上の法人(公益法人)とされることから,その課税根拠は法人税法に基づくものであるところ,同法は,公益法人の所得については,収益事業によって生じた所得を除き,非課税と定められ(7条),課税体系上明確に非課税の原則が採用されているのに対して,法人に対置される個人に関しては,ことの本質から,所得税法上,右に対応する非課税の定めは存在しないこと,仮に,本件のように7名以上の共同で施行するものである限り,組合施行,個人共同施行のいずれの方式をも選択可能であったことなどを考慮するとき,課税関係上,本件のような個人共同施行の場合と組合施行の場合とを同列に扱わないことについて合理的理由を窺うことができ,右取扱に主張のような憲法違反を見出し難い。

四  過少申告に関する「正当な理由」の存在の主張について

原告は,本件賦課決定に関して,本件保留地の譲渡にかかる所得を申告しなかったことについて,請求原因3の(三)記載のように,原告には国税通則法(昭和62年法律6号による改正前のもの)65条4項にいう「正当な理由」がある旨の主張をする。

しかし,前記二において認定・判断したところに照らせば,原告が右申告をしなかったのは,法の解釈の相違,誤解によるものであることが明らかである。ところで,確定申告による納税方式は,納税者の申告に重要な意義を置き,これを尊重することを前提に存在する制度であるから,申告が適正になされることが根幹であり,したがって,申告秩序の維持が強く要請されるところから,当初から適正な申告をした者とこれを不当に行った者との間に生じる不公平を是正して,納税義務違反の発生を防止する行政上の措置として置かれたのが過少申告加算税の制度の根拠である。そうすると,右のように,単に法の誤解や法解釈の相違に起因したことのみをもって,その過少申告の「正当な事由」とすることはできないと解される。

確かに,本件保留地の処分代金に関しては,これを本件事業費に全額費やされ,原告ら共有者が現実にこれを収得するには至らなかったから,原告がこれを所得申告しなかったことについて無理からぬところがないでもない。しかし,原告が右所得について所轄の税務署長である被告などに相談・指導を受けた形跡はなく,却って,本件施行者の一人で原告の息子である証人舟越俊一の証言によれば,本件施行者の全員が本件保留金による所得を除外して確定申告したことに対して,被告が原告も含めて右全員に,同所得を計上した修正申告をするように指導したこと,原告を除く全員は,右指導に応じてその旨の修正申告をした結果,過少申告加算税の賦課を免れたこと(前掲国税通則法65条5項参照),これに対し,原告のみは右は所得に非ずとの見解に固執して右指導に応じなかったため,本件更正を受けたうえ,本件賦課決定をされるに至ったという事情が認められるのである。そうすると,右指導に従った他の共同施行者との公平などの観点からも,原告が本件保留地の譲渡に伴う所得の申告をしなかったことについて,右にいう「正当な理由」があったものということはできない。

原告の右の主張も理由がない。

五  以上によれば,原告の本訴請求はいずれも理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川本隆 裁判官 藤山雅行 裁判官 佐々木信俊)

〈以下省略〉

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